大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)1237号 判決 1989年2月10日
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地につき、同登記目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨の判決。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 控訴人の当審附加主張
1 仮に、訴外節子が、その控訴人に対する法定代理権を濫用してなした昭和五八年一一月九日付の根抵当権設定契約及び同五九年二月二五日付の右根抵当権の債権極度額の変更契約(以下、これらを併せて「本件抵当権設定契約」ともいう。)が当然無効であるとはいえないとしても、右契約を締結するに際し、被控訴人の担当者は、右契約及びこれと一体をなす訴外日昇と被控訴人間の保証委託契約の成立を前提として、訴外日昇が訴外銀行から借り入れることを予定した金員については、これが未成年者たる控訴人の生活資金や営業資金として使用されるものではないこと並びにこれが訴外日昇の営業資金として使用されるものであること、すなわち、右訴外節子が、その法定代理権を濫用して本件抵当権設定契約をするとの事実を知りながら、敢えて、右契約に及んだものであり、いずれにしても、右契約は無効である。
2 さらに、仮に右主張が認められないとしても、訴外節子は、単なる主婦で、債務とか担保とかの意味について、これを正確には理解しえないでいたところ、その夫訴外吉岡成晃の死亡に伴う遺産の相続に際し、種々世話になった同人の実弟訴外吉岡泰四郎から、昭和五八年一〇月三一日の昼頃、その要件も告げられずに、突然「そちらに行くから居って欲しい。」との電話を受けただけで直ちにその来訪を受け、担保差入証(乙第四号証)に「一寸名前を書いて欲しい。」と依頼されたため、その重要性を認識しないまま、うっかりこれに署名したにすぎないものである。それ故、このようなたった一枚の紙切れに署名したことによって、被担保債権額である八四〇〇万円もの責任を何も知らない未成年者たる控訴人に負担させる結果になるなどとは夢想だにしなかったものであり、訴外節子において、右担保差入証の重要性を認識していたとすれば、かかる行為に及ばなかったことは明らかであるから、右担保差入の承諾並びにこれに基づく本件抵当権設定契約は錯誤により無効である。
二 被控訴人の当審附加主張
控訴人の右主張は、いずれも争う。
第三 証拠(省略)
理由
一 請求原因並びに抗弁に対する当裁判所の認定、判断は、次のとおり訂正、附加するほか、原判決理由説示中、その一項ないし三項(原判決五枚目表四行目冒頭から同一一枚目表六行目末尾まで)において記載するところと同一であるから、これを引用する。
1 原判決五枚目表六行目の「第八号証、」の次に「第九号証(原本の存在共)」を加え、同一〇行目の「昭和六〇年三月」を「昭和六〇年一二月」と、同裏一行目の「昭和五七年一一月一一日」を「昭和五七年一二月一一日」と各訂正し、同六行目の「第一〇号証、」の次に「第一一号証(原本の存在共)」を加える。
2 同六枚目表五行目の「第一二号証、」の次に「第一三号証(原本の存在共)」を加える。
3 同七枚目表三行目の「協議」を「その分割についての協議」と、同五行目の「承継する」を「承継すること」と、同裏三行目の「その存在の明らかな乙第一、第二号証、」を「官署作成部分の成立については当事者間に争いがなく、吉岡節子作成部分については、その名下の印影が同人の印章によって押捺されたことは当事者間に争いがないから、他に反証がない限り真正に成立したものと推認されるところ、右反証としての原審証人吉岡節子及び同吉岡泰四郎の証言部分は、後記認定の事実に徴していずれもにわかには措信し難く、結局、この部分も真正に成立したというべきであり、その余の部分については原審証人吉村勝人の証言により真正に成立したものと認められる乙第一、二号証」と各改め、同一〇行目の「同吉岡泰四郎」の次に「(いずれも、後記措信しない部分を除く。)」を加える。
4 同八枚目表九行目及び同一一行目の「逢って」を「会って」と各訂正し、同一〇、一一行目の「訴外吉村勝人」の次に「外一名」を加える。
5 同九枚目表四行目の「提供の意思を確認した」を「提供についての承諾を求めた」と改め、同七行目の「担保提供者欄に」の次に「、控訴人の親権者として、その」を、同裏六、七行目の「根抵当権設定契約証書」の次に「乙第一号証)」を加える。
6 同一〇枚目表一〇行目の「そこで」の次に「、訴外泰四郎及び被控訴人間において、」を、同裏二行目の「根抵当権変動契約証書」の次に「(乙第二号証)」を各加える。
二 そこで、控訴人主張の法定代理権濫用の再抗弁について判断する。
ところで、民法八二四条は、「親権を行う者は、子の財産を管理し、又、その財産に関する法律行為についてその子を代表する。」と定めているところ、右にいう親権者が代理(代表)しうる子の財産に関する法律行為とは、原則として、子の財産上の地位に変動を及ぼす一切の行為を指すものというべきである。
しかしながら、同時に、親権者がなす財産に関する法律行為については、その制度、目的からして、当然に、その子自身の利益のためなされるべきことを要し、親権者自身又は第三者の利益のためになすが如きは、親権の濫用に該当し、許されないものというべきである。
ただ、このようにして、親権者が子のためにではなく、自己又は第三者の利益を図るために子の財産の処分行為をした場合に、これが当然に無効であると解するとすれば(後見人が他人のために被後見人の財産を担保に供する行為は当然に無効であるとするものとして、大審院明治三〇年一〇月七日判決民録三輯九巻二一頁参照)、親権者と取引をした第三者に対して不測の損害を被らせる結果となる場合も予想され、これらのことを勘案すると、右のような場合には、民法九三条但書を類推適用して、その取引の相手方において、親権者が自己又は第三者の利益を図る目的で代理行為を行うとの親権者の意図を知り又は知りうべかりし場合に限り、右代理行為は無効であって、その行為の効果は本人たる子には及ばないと解するのが相当である(最高裁昭和四二年四月二〇日判決民集二一巻三号六九七頁参照)。
これを本件についてみるに、前認定の事実に、前掲乙第一、二号証、第四号証、第一〇号証、第一二号証、原審証人吉岡泰四郎の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
前示昭和五八年一〇月三一日付の訴外節子の控訴人の親権者としての被控訴人に対する本件土地の担保差入の承諾は、訴外泰四郎の経営する訴外日昇の訴外銀行からの借入債務につき被控訴人に対してその保証の委託をなし、これに基づいて訴外日昇が被控訴人に対して負担することあるべき求償債務の担保を目的とするものであり、これら担保の差入及び保証委託契約の締結を経て、これを具体化するものとしてなされた前示同年一一月九日付の訴外節子と被控訴人との間の被担保債権の極度額を三〇〇〇万円とする根抵当権設定契約並びに右保証委託契約の成立を前提として、訴外日昇が訴外銀行から同月一一日付で借り入れた二五〇〇万円及び同じく同五九年二月二五日付でその極度額を右三〇〇〇万円から四五〇〇万円と変更したうえで、訴外日昇が訴外銀行から同月二七日付で借り入れた一五〇〇万円は、いずれも、その借入目的を訴外日昇の「商品仕入資金」とするものであり、結局、訴外節子のなした前示担保差入の承諾ないし本件抵当権設定契約は、第三者たる訴外日昇のためになされるものであったこと、ただ、訴外泰四郎の右訴外日昇名義での訴外銀行からの借入の真の意図は、訴外泰四郎の同級生訴外中島勉が経営し、かつ、訴外日昇がその下請の関係にあった訴外株式会社大東建設(以下、「大東建設」という。)の運転資金に充てるためであり、かつ、これが実施した場合には、右大東建設から訴外日昇ないしは同泰四郎においてその謝礼を得ることを目的とするにあったもので、現に、訴外泰四郎は、本件土地を被控訴人に担保に供することによって訴外日昇が訴外銀行から借り入れ、訴外大東建設に融通した合計四〇〇〇万円に関し、同社から額面一〇〇〇万円の約束手形をその謝礼として受領し、これを割り引いて換金しているものであること。
そして、右の訴外泰四郎の意図はともかくとして、前認定の事情に照らせば、前示訴外節子が控訴人を代理してなした被控訴人に対する本件土地の担保差入の承諾及びこれに基づく本件抵当権設定契約は、いずれも専ら第三者たる訴外日昇の利益を図るものであるから、未成年者たる控訴人の利益に反するものとして、親権の濫用に該当するといわざるをえない。
他方、被控訴人においては、右契約締結に至る経過からして、当然これらの事情を知っていたものというべきであるのみならず、当審証人吉村勝人、同神田信男の各証言によれば、被控訴人においては、訴外泰四郎は控訴人の叔父にあたるところ、同人には訴外節子及び控訴人において、同人らの夫であり父であった成晃の死亡に伴う相続に関する手続などをはじめとして、何くれとなく世話になっていたところから、訴外泰四郎の経営する訴外日昇のために本件土地を担保に供するものであることとの事情は認識していたものの、もとより控訴人と訴外日昇との間には格別の利害関係はないこと、並びにこれによって訴外日昇が訴外銀行から融資を受ける金員は、訴外日昇の運転資金として使用されるもので、控訴人の生活資金や事業資金、その他控訴人の利益のために使用されるものではないことまでを認識しながら、訴外節子から前示担保差入の承諾を得、本件抵当権設定契約を締結するに至ったものであることが認められ、他にこれを左右するに足りる的確な証拠はない。
そうすると、被控訴人においては、前示訴外節子の親権濫用の事実を知りながら、右担保の差入れを受け、本件抵当権設定を締結したものというほかはなく、結局、訴外節子と被控訴人との間になされた右各行為は、親権の濫用として無効であるというべきである。
右によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の再抗弁は理由がある。
三 よって、控訴人の本訴請求は理由があるから、これを認容すべきところ、これを棄却した原判決は不当であるから、これを取り消し、被控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙物件目録及び登記目録は第一審判決と同一につき省略)